ここ最近、些細なことにすぐにイライラぷりぷりして旦那に当たりまくっている。本当は本当に申し訳ないと思っているよ。思っているのにまた顔を見てはまた八つ当たり。
うちの旦那は怒らない。私がぷりぷりしていても全然興味なさそうだったり、ただの八つ当たりにひとつひとつ付き合ってくれたりする。旦那は、私がぷりぷりしているのは、自分が不甲斐ないせいだと思っているらしく、それもまたムカつく。
喜怒哀楽の「怒」なんていう感情は、なんのためにあるんだろう。「哀」っていうのは、たぶん必要なんだと思うんだ。哀しみを知ると、人にやさしくなれるんじゃないかと思うから。できれば遭遇したくないけどさ。だけど、「怒」は「怒」しか呼ばない。だれもシアワセじゃない。
「怒」の感情が大きいから、きっとその分、「喜」も「楽」も人一倍強く感じられているんじゃないかって思っていた。だけど、怒らない人って実際いるんだよね。旦那もそうだし、私の古くからの友だちもそうだし、この間、chocolat もそうだと言ってた。怒りを我慢しているんじゃなくて、本当に「怒」をあまり強く感じないみたいなのだ。でも、そういう人が「喜」も「楽」も感じてないのかっていったらそうじゃないと思う。
そこは、訓練すればたどり着ける境地なんだろか。旦那はただの性質だというけど、「怒」の感情だけを捨て去ることができたらどんなに楽か、と思う。
こういう心境のときに「気楽にやろうぜ」を聴くと、何とも言えない気持ちになる。なんか心が溶けるというか、肩の力が抜けるというか、時々、いつもとは違うじいん・・・が胸を襲うことがある。この曲を聴いてこの気持ちがムクムクしてくると、「ああ、今の私は余裕がないんだな」って気がついたりする。そういえば最近、トゲトゲしてるな、とかね。
そして、「ああもっと優しくなろう。気楽にやろう」って思うんだけど、ダメなんだよね。このイライラはどこから来ているんだろう。妹や母には感じなかったので、これはただの旦那へのわがままなんだろうと思うんだけど。「だいたいさー、アナタが怒らないから私がこんなにいい気になってるんじゃないのさ」ってまた当たってみたりして。
ああ、明日は気持ちが穏やかでありますように。